スターダム退団の進退を賭けると宣言
3月8日に、記者会見に臨んだ月山は「12月末に私はたむさんと約束をしました。3カ月以内に勝てなかったら、コズミックエンジェルズをやめる。その期限が3月25日、NEW BLOODできます。私はこの試合に文字通り、すべてを懸けたいと思っていて、もし、もし勝てなかったら、コズエンをやめるだけじゃなくて、スターダムをやめます!」と宣言。高橋は「やめるってなんだよ。私はその覚悟を持って26年プロレスのリングに上がり続けてるんだ。いつこの試合が最後になるかもしれないって思う恐怖と毎回闘ってるんだよ。オマエはさ、支えてくれる人の気持ちを無下にしないために必ず勝って、それができなかったらやめる? ふざけんなよ」と自論を展開。そして、高橋は、パートナーにKAIRIを呼び込んだ。KAIRIは「ちょっと巻き込まれた感はあるんだけども、私もちょっと月山さんとは似てるというか、シンパシー感じるところはあって、試合は見れるやつは見てました。私は、どの試合もすべてを懸けて挑んでるつもりではあるし、この試合に負けたらやめるとか言ってるけど、私は踏み台になるつもりは一切ないです。でも、そこまで言っちゃって大丈夫なの? これまでの努力、周りからの助け。この試合に負けただけで全部投げるの?」
1月の高橋奈七永とのパッション注入マッチの試合後に、「もう一度闘わせてください」と懇願し、それが実現する形。さらにKAIRIというスーパースターが相手に加わった。誰が見ても勝ち目のない相手チームである。
この記者会見後、月山は3月25日まで試合を欠場し修行を行い準備をするとも発表した。
七海里という対戦相手
KAIRI自身も決して順風満帆でキャリアを積んできたわけではない。プロテストは追試合格、デビュー間もない頃はいつもボコボコにされて泣いてきた。初めて獲得したベルトもパートナーの怪我で返上。飛躍のきっかけはTBSテレビの「日立 世界・ふしぎ発見!」の一般募集でのオーディション合格。メキシコ遠征が叶い、翌年には高橋とのコンビでタッグ王座を獲得。しかし、ずっと周囲との才能の差を感じコンプレックスを持っていた。しかし「人と比べない」という思考にチェンジしてから意識が変わっていった。IWGP女子王座を獲得した試合後インタビューでも「上の選手だけでなく伸び悩んでる選手ともやりたい。今まさに高橋奈七永選手が“パッション注入マッチ”という形で若手選手と試合をされてますよね。ああいう試合は、若手が殻を破る上で凄く良いきっかけになると思います」。本誌がインタビューした際も「プロレス界に恩返ししたいから、私のノウハウを伝えていきたい」とも語っていた。
高橋はあるインタビューで、プロレスで大切なものは「思いやり」と語っていた。高橋自身、そのキャリアの中で多くの経験を積んできた。「キッスの世界」でCDデビュー、全女倒産、自団体プロレスリングSUNの旗揚げ、プロレス大賞受賞、スターダム旗揚げ参戦、SEAdLINNNG旗揚げ、左足首結合手術前(2020年)には、「プロレスをやめる前にやりたいことをやろう」と髪切りマッチを敢行。自身が丸坊主になった。辛い経験があるからこそ、理解できる、人の気持ちがわかることがある。
良いことも辛いことも経験してきた二人だから、月山の気持ちにシンパシーを感じてきたのかもしれない。
迎えた運命の日
月山は、この欠場中、中野たむや、ラム会長、尾﨑妹加との特訓動画がSNSに流れていたが、少しコミカルで、どこまでが本気なのかわからない内容ではあった。月山らしいといえばそうではあったが。そして迎えた3月25日、横浜武道館。決意を込めて登場した月山は、新コスチューム、髪型も高橋奈七永を意識したかのようなスタイル。さらにこの日試合がなかったコズミック・エンジェルスのメンバーもセコンドに集結した。
試合序盤は、高橋が月山の技をいなすように余裕で受けていたが、体重差のある月山は、その差を連続技で埋めようとドロップキックやオースイ・スープレックスを放ち、攻撃の手を緩めない。さらに。たむとの連携で場外へのプランチャ、タイガー・スープレックスを披露するなど、メインイベンターの中に混じり大健闘を見せる。そして、最後は、丸め込んで高橋からフォールを奪う大金星。会場も大歓声に包まれた。
パートナーの中野たむや月山本人だけでなく、セコンドのコズエン・メンバーも涙を流していた。
敗戦に納得がいかない様子の高橋は「今日から、お前はライバルだ!」と最大のエールを贈る。
勝利した月山は「NEW BLOODは私だ!」と今後のNEW BLOODの主役を奪うとも受け取れる言葉で締め括った。
バックステージに戻った月山は「ここまでやってこれたのは、応援してくれるみんながいたから。そして、かけがえのない仲間がいたからです。いっぱい幸せな人は世の中にいると思うけど、こんなに人に恵まれた幸せな人はいないって思えるぐらい、私は今日のことを一生忘れません。本当に、本当に本当に本当に本当にありがとうございます」と感謝を述べた。
敗戦した高橋は「パッションは死んでない。死んでないけれども、月山が今日私からスリーを奪ったのが事実だとするならば、宇宙規模の最大の隕石が落ちた。だからコズミック・エンジェルズ。コズミック。うまく言ったみたいになっちゃったじゃん。パッションは負けてないし、心も折れてないので。これからまだまだ月山とは闘っていく。物語がどうやら始まったようです。でも七海里も別に終わらないし」。KAIRIは「プロレスは負けたら終わりじゃなくて、辞めたら終わりだと私は思っているので。負けがスタート。いつも負けから始まるのがプロレス。月山選手、2年7カ月という、ずっと悔しい思いをして、その思いをためて今日全身でそれをぶつけてきた感覚がありました。私もIWGPのベルトで負けて、今日本当に勝つ気で臨みましたけど、結果は結果なのでしっかり受け止めて、またもっとこれ以上強くなるだけだと思います。私も本当にプロレスから離れたくなった時期もあったんですけど、それから救い出してくれたのは奈七永さん、七海里だったと本当に今もずっと変わらず思ってます。だからここから私たちもまだまだ、まだまだ強くなります」と物語は終わらないことを示唆した。
滅多にない初勝利が大テーマのストーリーがひと区切り
そして、試合を振り返って、改めて話を聞くことができた。
高橋奈七永
---月山選手に対するシンパシーはありましたか?
「何なんだろう?それこそタッグリーグで初めて当たって、何だこの赤ちゃんみたいな子は?というところから始まって。年末に、“パッション注入してくれ”と言ってきて。それと同時進行でコズエン脱退という話が始まって。私には、コズエンは関係ないわけですよ。パッションとコズエンの話が並行して進んでいくうちに、私は見事に巻き込まれた。でも、それも月山が持てる魅力の一つかもしれないですね。こうやってコズエンの人たちもセコンドにわざわざ来てたりとか。結局、NEW BLOODも月山のものみたいな、最後全部持っていって。今日、ベルトが新設されるというのがあるのに、それを差し置いて。それって、気持ちの部分で、あの子が、すごくまっすぐだから。私にも何かシンパシーというか、パッションとパッションで共鳴する部分があったので、私も受け止めなきゃいけないなという気持ちに、いつしかなっていたし。2年7カ月勝てなかった。よくここまで辞めずに、折れずにやってきて。この私から、その大事な最後、いろんなものが掛かった試合で、あんだけのものを出してきたなと思います」
---奈七永さんも、良い事も辛い事もいろんな経験してきましたよね?
「私、天才型じゃないので、私は努力しかできない、本当に地道に、頑張り続けるしかできなかったので、26年プロレスやっているんですけど。同期とか振り返れば、中西百重とか天才型の駆け抜けていく姿を見送るしかできなかったし、脇澤美穂や納見佳容とかにも人気でも叶わないし、本当に地道にやってくるしかなかった。それこそ、私も負け続けてきた人生なのかもしれない。いろんなことを経験したんですけど。そういう中で、できない人の気持ちに寄り添うことは得意というか、だから、パッション注入マッチという、昔スターダムに所属してた時のものをまた改めてやって、若い世代の子の気持ちの奥底の扉をノックできるんじゃないかなと思います」
---なぜKAIRI選手を呼び込んだのでしょう。
「KAIRI自身も今でこそ、あんな堂々としてるけど、全然できない方の子で、私もボコボコにしてきたけど、いろんな人にボコボコにやられて負けて泣いて、そこから、あんなに努力して世界に上り詰めて、そんな夢みたいな話が、実際、自分の力で実現してきた人だから、月山にたむからパートナー連れて来いと言われた時に、やっぱKAIRIしかいないですよね。このテーマに合う人は。と思って指名しました。こっちも負けるつもりなんかないから、これで勝っちゃっても恨まないで、ファンの人たち。本当に面倒なことに巻き込まれたな。なんで?と思いましたけど、そっちがそういう覚悟なら、こっちもその覚悟を決めるしかないなと思って。時間がある中で、整えてきたんですけど、整ってなかったのかもしれない」。
---試合後に、ライバルだと言いました。
「私は、基本的にどんだけキャリアが下の人でも、上から見るというはしないというのが、信念の中にあって。どんだけキャリア下の子でも、同じ目線で闘えると思ってるんです。汚点とは言いたくないですけど、汚点にはなってしまうかもしれない。今日は、隕石が落ちた日なんで。すぐにでもやり返したい気持ちもあるので、ライバルという言葉を使いました」
---今、月山選手に声を掛けるとしたら。
「これから、また、負け続けるんじゃねえぞ!」
KAIRI
---今日の試合は、KAIRIさんにとっては正直、巻き込まれ事故かなとも思えましたが。
「奈七永さんには奈七永さんのプロレスがあるし、私には私のプロレスがある。選手全員、団体によっても色が違うものがあったり、海外、日本、スターダム、それぞれ、正解がない中で、今日4人、想いの強い試合だったと思うんですよ。たむちゃんも、月山さんも、奈七永さんも、私も。プロレスに対しての想いが強い4人だったので。しかも、月山さんの発言も発言だったから、私もちょっとモヤモヤしたままというか。でも、奈七永さんと月山さんが始めた物語。でも私は、奈七永さんに指名していただいて、しっかり見届けたいと思ったし、私も奈七永さんと同じで、どんな選手とも真剣に、プロレスで勝ちを目指してる選手とは正々堂々、全力で向き合おうと思っていたので。その想いがぶち込まれた試合になったんじゃないかとは思います」
---KAIRさん自身も最初の1、2年は苦労されてましたよね。
「私もそうでしたけど、突然、生まれ変わるような試合というか、別人になる試合、その1試合で別のレスラーに変われる瞬間があって。その瞬間を私も目にしてみたかったし、本当にその度胸があるのか、一歩引いた目で見ようと思ってたけど。私自身、世IV虎と悪斗の件で空位になった時、赤いベルトのトーナメントで勝った時から、意識もガラっと変わったので。月山さんも同じで、今日、初勝利じゃないですか。それって本当に大きなことで。赤いベルトも大きなことですけど、その瞬間から自覚というか、変わる瞬間になると思いますから。大事なのは、これからだとい思います。この勝利を絶対に無駄にしてほしくないです。この勝利を生かすのも自分、負けを生かすのも自分だと思っているので。またリセットですよね。次の1試合で、どう成長していけるのかが大事だと思います」
--月山選手に改めて声を掛けるとしたら。
「STARTING OVER!終わりは始まり!今日からまた新しいプロレスが始まるから、月山さんにとって。常にリセットリセット。一喜一憂。今日は余韻に浸ってもいいかもしれないけど。次にお客さんに伝わらない試合をしちゃうと全部無駄になっちゃうので。活かしてほしい。一個一個。勝ちも負けも」
月山和香
---特訓の効果はありましたか?
「まだ、実感が湧いてないです。よくわかってないです。ホッとしてる気持ちと。ダメージが大きくて。前までは、これをしたら人にどう思われるんだろうと、気にしながら生きてた節がありますけど。今は、コズエンにいられないかもしれない、スターダムをやめるかも、と思ってからは、なりふり構わず人目を気にせず一生懸命、全力でやるということをできるようになりました。今までの人生でやってきたことは、きっと、頑張ってます、一生懸命ですとは言ってたけど、誰かの目を気にして、やってたんだろうなと。私はこの1カ月間SNSずっとやってなかったので、たむさんとの特訓、ラム会長さんたちが道場で見てやるよという動画を見てないんですよ。だから、世間がどんなコメントして、どうリアクションしてるのか、わからないんです。でも、どう思われてもいいなとやってました。だって私は全力なんだから、なりふり構っていられなかったから。そんな経験ができただけで、私は今日もしかしたら、本当にもしかしたら勝てないかもしれないと思ってたけど、その経験ができただけで、今までやってきた甲斐があったなと思いました」
---タイガー・スープレックスには驚きました。
「普通のオースイじゃダメなんだろうなと投げました。たむさんが隣で、タイガー投げようとしてるのを見て。実は、たむさんに教えてもらっていたんです。たむさんは、誰にどう思われるとか、それを意識して、後輩の面倒見てるんじゃないんですよ。愛があるから見てるんです!みんな何でたむさんの面倒見の良さをわからないんだろうと思ってたけど、わかる必要ないなと今思ってます。なぜなら私がわかってるから」
---奈七永さんからライバルだと言われましたね。
「奈七永さんってすごい人じゃないですか。あんなにパッションがあって、長年、レスラーでたくさん試合されていて、背も高くてオーラがあって、あんなバリバリに活動的な人、いないじゃないですか。私は、奈七永さんがスターダムに上がった時から、ずっと、ああ高橋奈七永さんだと思ってたんです。まさか奈七永さんと、KAIRIさんと、横浜武道館のメインで、試合ができると思ってなくて。ライバルだという言葉も嬉しかったけれども、試合をさせていただけたという、その事実を大切に今後も頑張っていかないといけないと思いました」
---まだ、次を考えられる状態ではないとは思いますが、次の目標は?
「新人の子が2人、今日デビューしたんですけど。明日からのことはまだ考えられないけれども。ゆくゆく試合をするとなったら、どういう新人なのか、試合を見れてないんですけど、先輩たちが、私にたくさんたくさん痛みと忍耐と、いろんなことを教えてくれたように、私も、そういうパッションのある先輩になりたいなと思います。あとフューチャーベルトは獲りたいです!」
初勝利という大目標を達成し、スターダム残留も決まった。何が起こるかわからないのもプロレス。月山がスターダムでの1stステップをようやくクリアした今、次に掴むものが何なのか。新たなストーリーにも期待したい。
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そして、翌26日に開催された2023シンデレラ・トーナメントで、PPV中継のゲスト解説者に呼ばれていた月山が、オープニングの挨拶をしている最中、小川PDが入ってきて「Xとしている枠を月山にする。コスチューム持ってきてる?」と突然の参戦指示。レディ・Cとの1回戦に臨むことになり、前日の勢いに乗り勝利。シングル戦初勝利もものにした。
試合後の月山は「レディ・Cの初勝利の相手は私、月山和香でした。今日シンデレラ・トーナメントに出られることになって、急でびっくりして、でも嬉しくて。しかもタッグを組んだこともある、初勝利の相手になってしまったレディ・Cに勝てた。私はいま最高にキテる女だと思います。この流れを止めないようにこれからもやっていきますので、絶対にケガしない、絶対にあきらめない、絶対に折れない、私はそう誓います。試合前のPPVのコメントで言ったんですけど、まだちょっと実感が沸かなくて。実感が沸かないままの今日、そして体が痛いことで頭がいっぱい。でも少しだけテンポとか相手がいつ隙があるとか、そういうことにほんのちょっとだけ触れられたような。気分はいいです。体調も最高です! シンデレラ・トーナメントなんて出られると思ってなかったので。MIRAIが灰被りのシンデレラと言ってるけど、私は灰被りどころか泥まみれで首までコンクリートで埋まってるような状態でやってきて。でもコンクリートを毎日やすりで削って削って削って削って、そうやって生きてきたような人間だと自分では思っているので。優勝するにはあと何百枚、何千枚のヤスリが必要だと思います。準備しておきます」と語った。
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